サン=テグジュペリの『城塞』の翻訳を正す

2024年3月13日フランス, フランス文学, フランス語翻訳, 出版

うちの奥さんがアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『城塞』を読んでいて、翻訳の文章につまずいて読み進めないとぐちをこぼすので、読んでみた。それが以下である。

68

 わたしには、人間にかんするまた別の真理がはっきりと現われてきた。すなわち、幸福は人間にとってなにものをも意味せず、利害もまた、人間にとってなにものをも意味しないということが。なぜなら、人間の心を動かすただひとつの利害は、変わらないこと、持続することをめぐる利害だけなのだから。富者にとっては、富みつづけることであり、水夫にとっては、航海をつづけることであり、掠奪者にとっては、星空のしたでつねに見張りに立つことである。だがわたしは、幸福にかんしては、それが心労の欠如と安泰にすぎぬときには、すべての者たちから簡単に蔑まれるさまを見たのだ。黒ずんだかの街、海に向かって落ちかかるかの汚物溜りに住む娼婦たちの運命が、あるときわが父の心を動かした。彼女たちは、白味がかった脂肪のように腐ってゆき、かつ、旅人たちをも腐らせていた。父は警吏たちを遣わして、まるでその生態を研究するために昆虫を捕獲するように、彼女たちのいくたりかをとらえさせた。警邏隊は、朽ち果てた街の、湿気の滲み出る壁のあいだを巡回した。ときとして、あたかも鳥もちのように、腐った料理のすえた匂いがただよい出る不潔な仮小屋から、警吏たちは、男を待っている女の姿を見かけるのだった。そういう女は、雨のなかの角燈のように、それ自体蒼白く、悲しげに女の姿を映し出しているランプのもとで、腰掛けのうえに座っていたが、その仮面のような顔は、まるで傷口のような微笑を浮かべ、牡牛のように鈍重に見えた。女たちは、通行人の注意を惹くために、その罠の鳥もちを投げかけるふわふわしたくらげさながら、いつでも単調な歌をうたっていた。そんなふうに、路地に沿って、絶望の連禱が立ちのぼっていたのだ。男が罠にかかると、しばらくのあいだ、彼の入ったあとから扉が閉じられ、愛がこのうえなく苦渋に満ちた荒廃のなかで使い果たされ、一瞬のあいだ連禱が途切れる。そして、そのかわりに、蒼ざめた怪物の短い息遣いと、その亡霊から、はや情欲を想いみなくなる権利を買い取る兵士の厳しい沈黙が訪れる。その兵士は、残忍な想念の焔を消しにやって来たのだ。おそらく彼もまた、棕櫚と微笑を浮かべた乙女たちとの国から来た者なのだ。だが、遥かな遠征の途次、その棕櫚の林の面影は、彼の心の内部で伸び繁り、耐え難いほどに重い枝を張ってしまったのだ。せせらぎは残忍な音楽に変わり、乙女たちの微笑、衣のしたのほの暖かい乳房、それと見分けられる身体の陰影、彼女たちの所作を結び合わせていた優雅さ、これらいっさいのものは、その男にとって、いよいよはげしく心情を吹い尽くす火傷のようなものになってしまったのだ。そのため彼は、その乏しい財布をはたいて、この囲われた界隈にその想念を棄てに来たのである。扉がふたたび開かれたとき、その兵士は、おのれ自身のうちに閉じこもり、厳しい、蔑むような面持ちで街路に降り立つ。数時間のあいだに、もはやその輝きに耐えられなくなってしまった彼の唯一の宝を、枯れしぼませたあとで。


さて、この引用箇所の68というのは全部で219節ある『城塞』(山崎庸一郎訳)のうち第68節の前半である。みすず書房のサン=テグジュペリ著作集全12巻の第6から第8巻を占める3巻のうちの第2巻(全集第7巻)の冒頭3から5ページである。

なかなか難解な言い回しの作品という印象だけでなく、いくつか腑に落ちないくだりが散見される。たとえば、

父は警吏たちを遣わして、まるでその生態を研究するために昆虫を捕獲するように、彼女たちのいくたりかをとらえさせた。警邏隊は、朽ち果てた街の、湿気の滲み出る壁のあいだを巡回した。

上の文章で「とらえさせた」という行為と「巡回した」という行為の時間経過についての違和感である。

また、

父は警吏たちを遣わして、まるでその生態を研究するために昆虫を捕獲するように、彼女たちのいくたりかをとらえさせた。警邏隊は、朽ち果てた街の、湿気の滲み出る壁のあいだを巡回した。

とらえさせた後に巡回するのはなんのためか?

さらに・・・いや、そろそろ原文を見たほうがいいだろう。

  M’apparut éclatante cette autre vérité de l’homme, à savoir que ne signifie rien pour lui le bonheur — et que non plus ne signifie rien l’intérêt. Car le seul intérêt qui le meuve n’est que celui d’être permanent et de durer. Et pour le riche de s’enrichir et pour le marin de naviguer et pour le maraudeur de faire le guet sous les étoiles. Mais le bonheur je l’ai vu facilement dédaigné par tous quand il n’était qu’absence de souci et sécurité. Dans cette ville noirâtre, cet égout qui coulait vers la mer, il arriva que mon père s’émut du sort des prostituées. Elles pourrissaient comme une graisse blanchâtre et pourrissaient les voyageurs. Il expédia ses hommes d’armes se saisir de quelques-unes d’entre elles comme on capture des insectes pour en étudier les mœurs. Et la patrouille déambula entre les murs suintants de la cité pourrie. Parfois d’une échoppe sordide d’où coulait, comme une glu, un relent de cuisine rance, les hommes apercevaient, assise sur son tabouret sous la lampe qui la désignait, blafarde et triste elle-même comme une lanterne sous la pluie, son masque lourd de bœuf marqué d’un sourire comme d’une blessure, la fille qui attendait. Parfois les hommes apercevaient la fille qui attendait, assise sur son tabouret sous la lampe qui la désignait, blafarde et triste elle-même comme une lanterne sous la pluie, son masque lourd de bœuf marqué d’un sourire comme d’une blessure, d’une échoppe sordide d’où coulait, comme une glu, un relent de cuisine rance, Il était d’usage chez elle de chanter un chant monocorde pour retenir l’attention des passants à la façon des méduses molles qui disposent la glu de leur piège. Ainsi montaient le long de la ruelle ces litanies désespérées. Et quand l’homme se laissait prendre, la porte se fermait sur lui pour quelques instants et l’amour se consommait dans le délabrement le plus amer, la litanie un instant suspendue, remplacée par le souffle court du monstre blême et le silence dur du soldat qui achetait à ce fantôme le droit de ne plus songer à l’amour. Il venait faire éteindre des songes cruels, car il était peut-être d’une partie de palmes et de filles souriantes. Et peu à peu, au cours des expéditions lointaines, les images de ses palmeraies avaient développé dans son cœur un branchage au poids intolérable. Le ruisseau s’était fait musique cruelle et les sourires des filles et leurs seins tièdes sous l’étoffe et les ombres de leurs corps devinés et la grâce qui nouait leurs gestes, tout s’était fait pour lui brûlure du cœur de plus en plus dévorante. C’est pourquoi il venait user sa maigre solde pour demander au quartier réservé de le vider d’un songe. Et quand la porte se rouvrait, il se retrouvait sur la terre, refermé en soi-même, dur et méprisant, ayant pour quelques heures décoloré son seul trésor dont il ne soutenait plus la lumière.

1.さて、最初の文である。

M’apparut éclatante cette autre vérité de l’homme, à savoir que ne signifie rien pour lui le bonheur — et que non plus ne signifie rien l’intérêt. Car le seul intérêt qui le meuve n’est que celui d’être permanent et de durer.

わたしには、人間にかんするまた別の真理がはっきりと現われてきた。すなわち、幸福は人間にとってなにものをも意味せず、利害もまた、人間にとってなにものをも意味しないということが。なぜなら、人間の心を動かすただひとつの利害は、変わらないこと、持続することをめぐる利害だけなのだから。

述語と主語の倒置は擬古文を表している。私ならこう訳す。

人間のこの別の真理が私にはっきりと見えた。つまり、人間にとって幸福は何も意味がない、また利害も何も意味がないということである。なぜなら、人間を動かす唯一の関心は、永遠でありたい、持続したいという関心だけだからだ。

間違いとは言えないが、冗語が多すぎて輪郭が不明瞭になることを避けるべきだ。「かんする」、「めぐる」は余分だろう。また、intérêtという語は「利害」という意味の他に「関心」という意味ももつ。後半の訳語に「利害」を当ててしまったために「することをめぐる」という冗語をつけざるを得なかったのだと思われる。

2.次はまあ無難だろう。

Et pour le riche de s’enrichir et pour le marin de naviguer et pour le maraudeur de faire le guet sous les étoiles. 

富者にとっては、富みつづけることであり、水夫にとっては、航海をつづけることであり、掠奪者にとっては、星空のしたでつねに見張りに立つことである。

私の訳は以下。

だから金持ちには富むことであり、水夫には操船することであり、泥棒には星の下で監視することである。

3.次は日本語として意味が通じない。

Mais le bonheur je l’ai vu facilement dédaigné par tous quand il n’était qu’absence de souci et sécurité.

だがわたしは、幸福にかんしては、それが心労の欠如と安泰にすぎぬときには、すべての者たちから簡単に蔑まれるさまを見たのだ。

私の訳は以下。

しかし、わたしは、心労がなく安全であるだけでは、幸福など万人からたやすく軽んじられてしまうのを知った。

4.次は同格を間違って解釈している。

Dans cette ville noirâtre, cet égout qui coulait vers la mer, il arriva que mon père s’émut du sort des prostituées. Elles pourrissaient comme une graisse blanchâtre et pourrissaient les voyageurs. 

黒ずんだかの街、海に向かって落ちかかるかの汚物溜りに住む娼婦たちの運命が、あるときわが父の心を動かした。彼女たちは、白味がかった脂肪のように腐ってゆき、かつ、旅人たちをも腐らせていた。

上の訳ではcette ville noirâtreとcet égout qui coulait vers la merは同格であることが分からない。cet égoutはcette ville noirâtreの中にある場所であると読まれる。つまり、Dans cette ville noirâtre, il arriva que mon père s’émut du sort des prostituées dans cet égout qui coulait vers la mer. という文章構造のように考えている。娼婦たちはcet égoutに住んでいると解釈しているから上の訳になるのだ。

正しい訳は以下。

黒ずんだこの街、海に流れこむこの掃き溜めで、私の父はあるとき娼婦たちの運命に心を痛めた。彼女たちは白味がかった脂肪のように腐って、旅人たちも腐らせていた。

5.さて、最初に例に出した次の文章は全くだめだ。

Il expédia ses hommes d’armes se saisir de quelques-unes d’entre elles comme on capture des insectes pour en étudier les mœurs. Et la patrouille déambula entre les murs suintants de la cité pourrie.

父は警吏たちを遣わして、まるでその生態を研究するために昆虫を捕獲するように、彼女たちのいくたりかをとらえさせた。警邏隊は、朽ち果てた街の、湿気の滲み出る壁のあいだを巡回した。

この日本語の文章は「父は警吏たちを遣わ」した行為に続いて、「彼女たちのいくたりかをとらえさせた」という行為が行われていると書いている。では、女達を捕縛してなお「警邏隊は・・・巡回した」という行為の意味が分からない。捕まえてしまった後にどうしてまだ巡回する必要があるのか?Il expédia ses hommes d’armes se saisir de quelques-unes d’entre ellesという原文の«se saisir de quelques-unes d’entre elles»は不定法なので、結果としての行為を示すわけではない。「〜するために」という目的を表している。ご承知のように不定法というのは「主語」と「時制」が不定であるという意味なので、時制は過去とは限らないのが重要だ。正しい訳は以下のようになる。

父は、ちょうど生態を研究するために昆虫を捕獲するように、娼婦たちの何人かを逮捕するために警吏たちを派遣した。警ら隊は、腐った街のジメジメした壁のあいだを歩いた。

これでようやく意味が通じる。「警吏」は逮捕するために派遣されたから街に繰り出したのである。「巡回した」という表現は行為の継続的な繰り返しを意味するので避けるべきだ。何度も見回ったとは書いていない。déambula という単純過去の示す行為は一度切りの印象が強いからだ。しかも、この時点では誰も逮捕していないのは明らかだ。

6.次の文章の構造は少し複雑だ。

Parfois d’une échoppe sordide d’où coulait, comme une glu, un relent de cuisine rance, les hommes apercevaient, assise sur son tabouret sous la lampe qui la désignait, blafarde et triste elle-même comme une lanterne sous la pluie, son masque lourd de bœuf marqué d’un sourire comme d’une blessure, la fille qui attendait.

ときとして、あたかも鳥もちのように、腐った料理のすえた匂いがただよい出る不潔な仮小屋から、警吏たちは、男を待っている女の姿を見かけるのだった。そういう女は、雨のなかの角燈のように、それ自体蒼白く、悲しげに女の姿を映し出しているランプのもとで、腰掛けのうえに座っていたが、その仮面のような顔は、まるで傷口のような微笑を浮かべ、牡牛のように鈍重に見えた。

まず、上の原文の構造をはっきりさせるために、書き換えてみよう。

Parfois les hommes主語 apercevaient la fille直接目的語 qui attendait, assise sur son tabouret sous la lampe qui la désignait, blafarde et triste elle-même comme une lanterne sous la pluie, son masque lourd de bœuf marqué d’un sourire comme d’une blessure, d’une échoppe sordide d’où coulait, comme une glu, un relent de cuisine rance,

ここでこそ、動詞の時制はすべて半過去となり、反復的な行為を印象づけることになる。だから、警らをする男たちは、何度か同じ女を目撃することになる。それが parfois という副詞の意味するところである。

さて、この文章は、大きく言って構文としては、「ときどき男たち(警隊)は娘を見た」というのが主文であり、直接目的補語のla fille にquiという主格の関係代名詞で従属節がつながっている。動詞 attendre の半過去 attendait は自動詞で目的語をもたない。assise は asseoir の過去分詞 assis で、主語の la fille (女性名詞単数)を修飾する同格あるいは分離形容詞として assise となっている。次は sous la lampe に qui という主格の関係代名詞で従属節がつながっている。la は désignait の直接目的補語であり、blafarde et triste elle-même は la (つまり la fille)の同格あるいは分離形容詞である。また、少しわかりにくいが、son masque lourd de bœuf marqué d’un sourire comme d’une blessure というのはla(= la fille)の同格の名詞節であり、blafarde…と同じく、娘の顔の見かけを説明している。最後のd’une échoppe sordide d’où coulait, comme une glu, un relent de cuisine rance は、de(起点を表す場所の前置詞) + une échoppe がエリジヨンで d’une échoppe sordide となっていて 「〜から」という意味。最後の d’où coulait, comme une glu, un relent de cuisine ranceというのは関係副詞 où に前置詞 de がくっついて d’où となって「〜から」という意味になる。主語と動詞の語順の転倒があるので、書き換えれば un relent de cuisine rance, comme une glu, coulait d’une échoppe sordide ということになる。

山崎訳では「あたかも鳥もちのように」が何を修飾しているか不明である。「男を待っている女の姿」というのも曖昧だ。日本語の「男」というのは「女衒」か「ひも」かそれともただの「男一般」かはっきりしない。attendre という自動詞のほのめかす目的語はこの場合、買春屋の娼婦が待つ「(捕まえるべき)客」である。「雨のなかの角燈のように、それ自体蒼白く」は「そういう女」を修飾しているのか、「悲しげに女の姿を映し出しているランプ」を修飾しているのかさっぱりわからない。もし後者ならば、「雨のなかの角燈のように、それ自体蒼白く、悲しげに女の姿を映し出しているランプのもとで、そういう女は、腰掛けのうえに座っていたが」という語順にすべきだ。そうなると blafarde et triste elle-même comme une lanterne sous la pluie は la lampe の同格あるいは分離形容詞となる。その場合、フランス語では sous la lampe, blafarde et triste elle-même comme une lanterne sous la pluie, qui la désignait という語順になるべきである。だから、これは間違いだ。この文のなかの 1)assise sur…, 2)blafarde et triste…, 3)son masque lourd de bœuf…が la fille と同格であることがわからないようではどうしようもない。

さて、以上の全てを踏まえて翻訳してみよう。

腐った料理のすえた悪臭が鳥もちのように流れ出るみすぼらしい屋台に、ときどき男たちは客を待つ娘の姿を見た。まるで雨の日の角灯のように蒼白く寂しい彼女自身を照らすランプの下で、自分の腰掛けに座って、傷にしか見えない薄笑いを浮かべた牛のように鈍重な顔つきを見せていた。

7.chez elle がどうして「女たち」って複数になるのか?

Il était d’usage chez elle de chanter un chant monocorde pour retenir l’attention des passants à la façon des méduses molles qui disposent la glu de leur piège. Ainsi montaient le long de la ruelle ces litanies désespérées. Et quand l’homme se laissait prendre, la porte se fermait sur lui pour quelques instants et l’amour se consommait dans le délabrement le plus amer, la litanie un instant suspendue, remplacée par le souffle court du monstre blême et le silence dur du soldat qui achetait à ce fantôme le droit de ne plus songer à l’amour.

女たちは、通行人の注意を惹くために、その罠の鳥もちを投げかけるふわふわしたくらげさながら、いつでも単調な歌をうたっていた。そんなふうに、路地に沿って、絶望の連禱が立ちのぼっていたのだ。男が罠にかかると、しばらくのあいだ、彼の入ったあとから扉が閉じられ、愛がこのうえなく苦渋に満ちた荒廃のなかで使い果たされ、一瞬のあいだ連禱が途切れる。そして、そのかわりに、蒼ざめた怪物の短い息遣いと、その亡霊から、はや情欲を想いみなくなる権利を買い取る兵士の厳しい沈黙が訪れる。

chez elle がどうして「女たち」と複数になるのか理解に苦しむ。その娼婦を指して「彼女は」という意味だからだ。また、わかりにくいかもしれないが、(le) lmonstre blême も ce fantôme も(男性名詞ではあるが)娼婦を指すのは自明である。さて正しい訳はこのようになる。

罠に鳥もちを仕掛けるふやけたくらげさながらに、娘は通行人の注意を惹くために単調な歌を歌うのが習慣であった。だから絶望の連禱れんとう1が路地に沿って立ちのぼっていたのだ。そして男が罠にかかると、彼の入った扉がしばらく閉じられ、これ以上ない苦い荒廃のなかで愛が消耗される。連禱が一瞬途切れ、蒼白い怪物の短い息遣いと、この亡霊からもう二度と愛に希望を抱かない権利を買い取ったその兵士の硬い沈黙が取って代わる。

8.なにが「彼もまた」なのか?

Il venait faire éteindre des songes cruels, car il était peut-être d’une partie de palmes et de filles souriantes. Et peu à peu, au cours des expéditions lointaines, les images de ses palmeraies avaient développé dans son cœur un branchage au poids intolérable. Le ruisseau s’était fait musique cruelle et les sourires des filles et leurs seins tièdes sous l’étoffe et les ombres de leurs corps devinés et la grâce qui nouait leurs gestes, tout s’était fait pour lui brûlure du cœur de plus en plus dévorante.

その兵士は、残忍な想念の焔を消しにやって来たのだ。おそらく彼もまた、棕櫚と微笑を浮かべた乙女たちとの国から来た者なのだ。だが、遥かな遠征の途次、その棕櫚の林の面影は、彼の心の内部で伸び繁り、耐え難いほどに重い枝を張ってしまったのだ。せせらぎは残忍な音楽に変わり、乙女たちの微笑、衣のしたのほの暖かい乳房、それと見分けられる身体の陰影、彼女たちの所作を結び合わせていた優雅さ、これらいっさいのものは、その男にとって、いよいよはげしく心情を吹い尽くす火傷のようなものになってしまったのだ。

Le ruisseau s’était fait musique cruelle や tout s’était fait … brûlure du cœur は<se faire + 無冠詞名詞>は「(職業、地位など)に就く、になる」ということであるため、「小川は残酷な音楽となる」、「これすべてが・・・心の火傷になった」という意味になる。それはいいのだが、残忍な想念の焔という訳は何を意味しているか理解不能である。また「彼もまた」というのは誰と同じなのか分からない。des songes cruels というのは、その後の文章が示している。その兵士は熱帯地方を中心に亜熱帯から温帯にかけて広く分布する椰子(棕櫚しゅろ)のできる温暖な土地で温和な娘たちとおおらかな青春期を過ごしたとされている。仕事とはいえ、その故郷から遠く離れた黒ずんだこの街に来ているために、望郷と健康な性欲が「残酷な夢想」という言葉に象徴されているのだ。さて、翻訳してみよう。

その兵士は残酷な夢想を消しに来ていた。なぜなら彼はおそらく椰子やしと微笑の乙女たちと同郷だったからだ。そして、遥かな遠征の途上でその椰子やし林のイメージが彼の心の内部で伸び繁り、耐え難いほどに重い枝を張ってしまった。小川は残酷な音楽となり、乙女たちの微笑や衣服に隠れたあたたかい乳房や見分けられる身体の陰影、彼女たちの所作を生む優雅さ、これすべてが彼にとって次第に衰弱させる心の火傷になったのだ。

9.最後の文章はその青年が娼婦に性欲を放出した虚しさを抱いて淫売屋から出たときの心境を表現している。

C’est pourquoi il venait user sa maigre solde pour demander au quartier réservé de le vider d’un songe. Et quand la porte se rouvrait, il se retrouvait sur la terre, refermé en soi-même, dur et méprisant, ayant pour quelques heures décoloré son seul trésor dont il ne soutenait plus la lumière.

そのため彼は、その乏しい財布をはたいて、この囲われた界隈にその想念を棄てに来たのである。扉がふたたび開かれたとき、その兵士は、おのれ自身のうちに閉じこもり、厳しい、蔑むような面持ちで街路に降り立つ。数時間のあいだに、もはやその輝きに耐えられなくなってしまった彼の唯一の宝を、枯れしぼませたあとで。

私ならこういうふうに訳す。

そのため彼は夢の捨場に定められた界隈を求めて、なけなしの給料を使いに来たのだ。そして扉がふたたび開かれて、彼は外に出たが、自分の唯一の宝を数時間でメッキをはがしてもう光り輝くことが望めないと知って、自分に閉じこもり、激しい自己嫌悪に襲われた。


私の訳をまとめてあげておこう。

68

 人間のこの別の真理が私にはっきりと見えた。つまり、人間にとって幸福は何も意味がない、また利害も何も意味がないということである。なぜなら、人間を動かす唯一の関心は、永遠でありたい、持続したいという関心だけだからだ。だから金持ちには富むことであり、水夫には操船することであり、泥棒には星の下で監視することである。しかし、私は、心労がなく安全であるだけでは、幸福など万人からたやすく軽んじられてしまうのを知った。黒ずんだこの街、海に流れこむこの掃き溜めで、私の父はあるとき娼婦たちの運命に心を痛めた。彼女たちは白味がかった脂肪のように腐って、旅人たちも腐らせていた。父は、ちょうど生態を研究するために昆虫を捕獲するように、娼婦たちの何人かを逮捕するために警吏たちを派遣した。警ら隊は、腐った街のジメジメした壁のあいだを歩いた。腐った料理のすえた悪臭が鳥もちのように流れ出るみすぼらしい屋台に、ときどき男たちは客を待つ娘の姿を見た。まるで雨の日の角灯のように蒼白く寂しい彼女自身を照らすランプの下で、自分の腰掛けに座って、傷にしか見えない薄笑いを浮かべた牛のように鈍重な顔つきを見せていた。罠に鳥もちを仕掛けるふやけたくらげさながらに、娘は通行人の注意を惹くために単調な歌を歌うのが習慣であった。だから絶望の連禱れんとうが路地に沿って立ちのぼっていたのだ。そして男が罠にかかると、彼の入った扉がしばらく閉じられ、これ以上ない苦い荒廃のなかで愛が消耗される。連禱が一瞬途切れ、蒼白い怪物の短い息遣いと、この亡霊からもう二度と愛に希望を抱かない権利を買い取ったその兵士の硬い沈黙が取って代わる。その兵士は残酷な夢想を消しに来ていた。なぜなら彼はおそらく椰子と微笑の乙女たちと同郷だったからだ。そして、遥かな遠征の途上でその椰子林のイメージが彼の心の内部で伸び繁り、耐え難いほどに重い枝を張ってしまった。小川は残酷な音楽となり、乙女たちの微笑や衣服に隠れたあたたかい乳房や見分けられる身体の陰影、彼女たちの所作を生む優雅さ、これすべてが彼にとって次第に衰弱させる心の火傷になったのだ。そのため彼は夢の捨場に定められた界隈を求めて、なけなしの給料を使いに来たのだ。そして扉がふたたび開かれて、彼は外に出たが、自分の唯一の宝を数時間でメッキをはがしてもう光り輝くことが望めないと知って、自分に閉じこもり、激しい自己嫌悪に襲われた。

  1. 輔祭が祈願を読み上げ、詠隊がそれに対して「主、憐れめよ」「主憐れめ、主憐れめ、主憐れめよ」「主、賜えよ」「主、爾に」などと答える形である。いずれの連祷も「主、爾に」と「アミン」(アーメン)の答えで締めくくられるのは同じである。