『家の馬鹿息子』の翻訳について

2019年11月28日フランス語翻訳, 出版, 文学

サルトルの『家の馬鹿息子』の翻訳の話をしよう。

まず、原書は3巻構成になっている。

英語版のThe Family Idiot: Gustave Flaubert, 1821-1857は全部で5巻構成になっている。

出版年は、Volume 11981, Volume  2 1987, Volume 3 1989, Volume 4 1991, Volume 5 1994となっていて、第1巻が1981年で最後の第5巻が1994年だから、13年間かかったことになるが、しかし、3000ページにも及ぶ原書の翻訳者はCAROL COSMANキャロル・コスマンという女性翻訳者の単独翻訳だというのが素晴らしい。

 

 

 

彼女のことを知りたいと、検索で発見したのが下の記事だが、この記事はヘブライ語聖書の翻訳に対するKoret Award (コレット賞)の受賞者としてロバート・バーナード・アルターを紹介する記事だ。彼は、1935生まれで1967年以来カリフォルニア大学バークレー校のヘブライ語および比較文学の教授である。英語版第1巻のTRANSLATOR’S NOTEを読むと、finally my husband Robert Alter, whose patience and occasional participation have been greatly sustaining.「最後に、私の夫ロバート・アルターの忍耐心と時折の参加が大いに支えになりました」と書いてあって、同じ写真に写っているこの二人が夫婦であることがわかったのだ。夫婦が別姓だとなかなかわかりにくい。

確かなことはわからないが、この夫妻はきっと共々ユダヤ人であることはまず間違いあるまい。

Alter talks about Bible translation

かたや日本語の翻訳のことを調べてみた。

家の馬鹿息子 1―ギュスターヴ・フローベール論(1821ー1857) 単行本 – 1982

家(うち)の馬鹿息子―ギュスターヴ・フローベール論〈2〉 単行本 – 1989

家の馬鹿息子〈3〉ギュスターヴ・フローベール論(1821年より1857年まで) 単行本 – 2006/

家の馬鹿息子 IV: ギュスターヴ・フローベル論(1821年より1857年まで) 単行本 – 2015/

日本語訳の方は複数の翻訳者が分担して翻訳していて、原文の3巻のうち2巻だけしか翻訳されていない上に、第1分冊から第4分冊までの出版に35年もかかっていて、しかも第2分冊目と第3分冊目の間が17年も要している。第5分冊の出版は目処が立っていない。

第3分冊の解題で訳者代表の海老坂武氏が次のように書いているのは異常である。

「この第三巻で、原書全体の約三分の二を日本語訳にしたことになる。原書が刊行されてから三十五年、第二巻が翻訳されてからは十七年の間隔があいている(そしてその間に、十五年前に訳稿を提出されていた平井啓之氏が亡くなられた)。訳者たちの、とりわけその一人の怠慢のために刊行が遅れてしまったことを、著者ならびにこの本の刊行を待たれていた読者の方々に心からお詫び申しあげたい。また、こうした遅れのために、この巻に続くべき二冊(四巻、五巻)が出版されないとなると、訳者としてはますますその責任を感じざるをえない。
他方、出版社の責任も重大である。三名の訳文がほぼ十五年前に出来上がり、一名だけが未提出という長期にわたる異常な事態を放置せず、積極的に解決へ向けての努力をすべきではなかっただろうか。サルトルは『嘔吐』をはじめとしてその生涯に何回か〈全体化〉を試みている。『家の馬鹿息子』はその最後のもので、しかももっとも大がかりな〈全体化〉の試みである。その意味で、〈サルトル思想〉とされるもののすべてがこの作品の中に詰め込まれていると言ってもよいであろう。『家の馬鹿息子』にふれない〈サルトル思想〉の解説はほとんど意味をもたない、と私自身は考えている。そうであるだけに出版の中断となるとこれは大変残念なことであり、大きな知的損失である。若い研究者たちがなんらかの形で後を引きついで完訳にこぎつけることを願わずにはいられない。」(家の馬鹿息子〈3〉ギュスターヴ・フローベール論、753ページ)

この訳者解題は異様である。1名の訳者が17年出版を遅らせたのだとしたら、その訳者の責任は重大である。ただ、私には海老坂武氏がどうしてその訳者の名前を明らかにしないのかが異様に映る。 平井 啓之、海老坂 武、 鈴木 道彦、蓮實 重彦の4人のうち、蓮實 重彦氏だとなぜ名指ししないのか私には理解できない。17年も出版を遅らせておきながら、シャーシャーとして『「ボヴァリー夫人」論』などという単行本を 2014年に出しているのだから何をか言わんやだ。その間、サルトルの翻訳を滞らせて自分の原稿を書いていたのだとしたらその罪は深い。しかも、まだ第5分冊は未刊のままである。

読者がサルトル自身への興味を失うに十分な時間をロスさせた上に、翻訳が未完では誰が既刊の4冊の『家の馬鹿息子』を買ってまで読もうというのか?これではサルトルが浮かばれまい。

多分、第3分冊の遅滞の最中だっただろうか、私は鈴木 道彦さんに手紙を書いて、翻訳者に加えてくれないかと頼んだことがあった。丁寧に断られてすっかりサルトル研究の熱が冷めてしまったことを思い出した。今思えばそれが受け入れられていたら、17年の遅れの責任の一端を負わされていたかもしれないと思うと、断られたことが逆に幸いだったかもしれない。