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デュマの『料理大辞典』の文学性ーSot-l’y-laisse(ソリレス) について

2024年3月13日フランス文学

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sot-l’y-laisseソリレス について

料理のレシピに関しては、最近はスマホのアプリでもたくさん出ていてネットで調べることができるので便利に使っている。七面鳥に関して、クックパッドで調べても良かったが、せっかくパリにいるんだからとアレクサンドル・デュマの『大料理辞典』le Grand Dictionnaire de Cuisineを紐解いた。いや、正確にはiPadでPDFを開いたんだけど。実は、定年退職で研究室から家に引き上げた本が数千冊に及ぶ。定年2年前からブックスキャンのプレミア会員に登録して毎月50冊分のスキャニングをしているが、とても追いつかない。それで、今は自宅で買い込んだスキャニング装置を使ってコツコツとデジタル化している。ブックスキャンで他炊した本の中には、以前研究対象にしていたアレクサンドル・デュマの本もたくさんあって、『大料理辞典』もあった。よせばいいのにその中の七面鳥の項目を調べてみた。この本はレシピ本というよりは美食をめぐる薀蓄うんちく話にあふれていて、七面鳥の項にはこんな逸話が書かれていた。せっかくだから紹介しておこう。


七面鳥の肉は、特に冷たい状態では風味に満ちて鶏肉よりも素晴らしいものだが、世の中にはソリレス(語源的には「馬鹿がそれを残す」の意味)しか絶対に食べない食通がいる。ある日のこと、20年もの間フランスとイギリスに流行というものを教えてきたあの有名なドルセー伯爵の叔父のグリモー・ド・ラ・レニエール1 は、金策で出張中だったが、夜になったか悪天候か何かしらのっぴきならない障害で、美食家は田舎の宿屋に留まらざるを得なかったときに、宿の主人に何か食べるものがないかと尋ねたときであった。
宿の主人は恥と後悔が入り混じったていで食糧倉庫はまるで空っぽでございますといった。
まさに調理場の入り口のガラスのはまった扉の向こうに赤々と燃える台所の火がこの有名な美食家の目に止まった。彼は一本の鉄串に刺さった7羽の七面鳥がくるくる回っているのを驚いて見ていた。
「鉄串に素晴らしい七面鳥がいい具合に焼けているのに、どうして君は夕食に私に食べさせるものはないとなどと言ったんだ?」グリモー・ド・ラ・レニエールは宿の主人に言った。
「それはそのとおりでございますが」と店の主人は言った。「ですがあれはあなた様の前にパリからきなさった紳士が予約されてまして。」
「それでその旦那は1人か?」
「たった1人をございます。」
「じゃあ、その旅の方はよほどの大男とみえる。」
「いえいえ、あなたとどっこいどっこいでございますよ。」
「あー、それならその人の部屋の番号を教えてくれ。1羽ぐらい譲ってもらえなきゃ、よほどは俺はまぬけだということになる。」
グリモー・ド・ラ・レニエールは明かりを点けさせて旅人の部屋に案内させた。客はしつらえられたテーブルの側で、暖かな火を前にして2本の肉切りナイフの刃をシャカシャカとこすりあわせていた。
「おやおや、なんてことだ!間違いないな、あなたは私の息子殿ではないか」とグリモー・ド・ラ・レニエールが叫んだ。
「はいお父様」と、慇懃な身振りでその若者は答えた。
「じゃあ、夕食用に7羽の七面鳥を串焼きにさせているのはあなたなのか?」
「父上」と愛すべき若者は答えた。「あなたは私がこれ程下世話で私の生まれに似つかわしくないセンスを見せているの見てさぞかし耐え難い思いをなさっていることと理解しますが、しかし食べ物に関してこの旅館にはこれしかなく、選択する余地がなかったのです。」
「とんでもない!とりきじもないのだから七面鳥を食べるのを責めたりはしません。旅の途中では見つかるものを食べるしかないのだから。私があなたを責めるとしたら7羽の七面鳥をたった1人で食べるということですよ。」
「父上、トリュフの詰まっていない七面鳥にはsot-l’y-laisseソリレス2 しか本当に食べるべきものはないとあなたが常々友人に言っていたことを聞いておりました。私は14個のsot-l’y-laisseソリレスを食べるために7羽の七面鳥を焼かせたのでございます。
「これは」と、この頭のいい若者への尊敬の念を示すために父親は答えた。「18歳の若者にとって少々高くつきすぎると思うが、無分別とまでは言えない。」
アヴィニョンといえばいつの時代でも美味しいものを食べる町であるが、それはかつてアヴィニョンが法王庁があった時代の伝統のおかげだ。
この町の尊敬すべきある裁判所長は七面鳥を高く評価していた。
かれはあるときこう言った。
「誓って言うが、私達は今、素晴らしい七面鳥を食べた。くちばしにまでトリュフが詰まった見事なもので、鶏のように柔らかく、ズアオホオジロのように脂が乗って、ツグミのように香りが良い。まさに、骨だけ残して全部平らげたよ。」

「何人で?」と詮索好きな男が尋ねた。
「二人だったよ」と彼が答えた。
「二人?…」
「そう、七面鳥と私」
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アレクサンドル・デュマ(父)の『大料理辞典』七面鳥の項から

こういう挿話を読みながら、デュマの料理辞典は結局、料理のレシピとしては全く役に立たなかったわけだが、こんなことも旅の楽しみだと言えるかもしれない。

2014年8月10日

追記ー

最近、ようやく『デュマの大料理事典』を手にした。買ったのではなく、愛知県図書館の蔵書を借りた。学生の頃、フランス語を教えてもらった林田亮佑先生の翻訳は読みやすく、巻末のデュマの生涯も面白い。岩波書店がこんな本も出していたのかと思った。1993年初版2,200円。今ならとてもこの価格では出せまい。

2020年3月5日

  1. グリモー・ド・ラ・レニエール Grimod de la Reynière (1758‐1837)は『食通年鑑』(Almanach des gourmands)を発行した有名な美食家の始祖といえる人物。
  2. sot-l’y-laisseとは読んで字の如し、「愚か者がそれを残す」の意味で、七面鳥(だけでなく、家禽のたぐいにある)の腰骨のくぼみについた肉で、美味とされた部位。